関西建物探検2〜大津・京都・神戸〜 2006/11/3〜5
reported by Shinji Furukawa
第二日目(11月4日)土曜日
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7:12
新・都ホテル宿泊
写真はホテル中央に位置する『アクアクリスタル』と言うガラスの教会(2005年、設計:マーク伊東)
昨年、新館と結婚式場の増築を行った模様。ちなみに、我々の宿泊は、旧館である。
「さーて、今日は1日歩くぞー!」と、伊藤は簡単に考えていたのだが、現実的には古川・中野の足を引っ張っていたのかな?。昼過ぎくらいからだんだん足が動かなくなっていたのである。運動不足。
7:28
京都駅構内にある、京都・手塚治虫ワールドの案内看板。
7:30
←朝の京都タワー。
昔は京都駅からよく見えていて、京都のシンボルは五重の塔か京都タワーかと、よく論議を交わしていた。(どうでも良い事なんだが。)しかし、JR京都駅ビルが建ってからあまり見えなくなってしまたのは、ちょっと寂しい。



→京都駅入り口。JR京都駅と大々的に表示されているのはここだけ?。
JR京都駅ビル・ホテルグランヴィア京都(1997年、設計:原廣司+アトリエ・ファイ建築研究所、ホテル内装:山下設計)
7:41
昨日はコンコースからのホテル棟外観と駅構内の吹抜内観だけだったので、今日は外観を披露。
清水寺仁王門(室町時代、重要文化財)と三重塔(江戸時代初期、重要文化財)

8:09
清水の門は西を向いているので、朝の撮影はは逆光になる。修学旅行生がバスから降り始めたので、急いで本堂の方へ向かう。
8:15
←本堂に行く途中、本当に真っ黒の大黒様に出会った。



8:17
→屋根の上に野生の鷺が!!何だかとても風情があって良いね(^o^)。撮影後すぐにどこか飛んでいったけど、まさかまた後で出会うとは(*_*)。
清水寺本堂と檜舞台(江戸時代初期、国宝、1633年再建)

8:17
檜舞台はどう見ても傾いている。舞台と呼ぶ限り、昔はここで能や舞、お囃子が行われていた訳だろうから、最初からこうだったとは思えないのだが?300数十年経ってるからね。
8:26
そろそろ修学旅行生が集まってきた。早いね。8時半だというのに。もっとゆっくりしたかったのだが、早々引き上げる事にした。
8:33
清水の舞台を支える柱。これだけの物を支えている割にはきゃしゃに見えるのは私だけだろうか?基本的には舞台部分だけだから、こんなもんか。


↑最高12メートル強の巨大な欅の柱を立て並べて支えている。
8:36
音羽の滝で清水を飲む。所願成就。


8:41
11月になったというのに今年の秋は妙に暖かい。公用にはまだ早いと言っても、もう少し期待していたのだが。
8:47
行きはおみやげ物屋も空いてない清水道を真っ直ぐ上って行き、帰りは途中右折して、京の情緒あふれるお店が建ち並ぶ産寧坂そしてそのまま真っ直ぐ八坂の塔(五重塔)方面に、降りて行った。
8:54←産寧坂(三年坂)
8:59→二寧坂(二年坂)
一年坂はどこ?


8:48↑お店の京の町屋造りも面白い物が多いが、看板も個性があって面白い。
9:01←五重塔が気になる。
9:08→この辺やけに変な物がぶら下がっていると思ったら、くくり猿の説明があった。厄よけのお守りのようだ。

9:04↑撮影料100円との事。賽銭箱を置いてた。
9:26
最初、高床にして何の倉庫か?と思っていたら、なるほど。八坂神社主催の、日本三大祭りの一と言われる「京都祇園祭」の山鉾(やまぼこ)保存用の蔵だった。



9:25↑昨夜はあんなに賑やかだった祇園も昼間はこんな?!
八坂神社(656年祇園社創祀、936年、祇園造り、重要文化財、1868年八坂神社と改称)
9:23
七五三のシーズンで、ワカーイ男の子・女の子達が着飾っている姿が目立った。


9:25↑京都祇園三叉路の中央に位置する八坂神社の西楼門。
浄土宗 総本山知恩院三門(1621年、徳川二代将軍秀忠、国宝)

9:37
ただただ、ここに来てびっくりした。これが門?その大きい事。広い階段がまたその大きさを誇張している。西側の門の為、ここでも撮影は逆光。「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」ここで唱えてしまった。
浄土宗 総本山知恩院御影堂大殿(1639年、徳川三代将軍家光 国宝)

9:41
伊藤・古川は、中に入って、10分程、じっと座り込む。中野は外をうろちょろと。
10:06
一澤信三郎帆布は10時開店と同時にご覧のような行列。買う気が失せた。


↑道路を挟んで真っ正面の一澤帆布はあいにくの定休日(土曜日に定休日?)だった。
10:07
知恩院から一澤兄弟帆布の前を抜けて、そのまま歩いて京都会館を目指した。京の町屋は、みんなくっついて建っている。それが当たり前の感覚だろう。火事の時は延焼免れそうにない。
そこで見かけた変な家。こんなに目立つ所で2階テラス(京都ではテラスという言葉が似合わない^^;。)に置かれている物は何だろう?不思議に思いながら、そこを通り過ぎた。
細見美術館(1997年、設計:大江 匡+プランテック総合計画事務所

10:22
細見美術財団所有のコレクションを展示する私設美術館である。
大きく張り出した屋根に目を引かれる。
京都会館(1960年、設計:前川國男)

10:29
この中央広場(ピロティーを抜けてセンターコートに入る)に入るまでの外側外観は、薄汚れていて、正直、何これ!と言う感じだった。もともと、水平ラインを強調して、周囲に溶け込むような外観で、あまり出しゃばらずインパクトの薄い建物であるが、細部に至るディテールは前川さんらしさが光っていた。後述する京都国際会館会議場のコンクリートの大きな樋は、これをまねた物?ディテールが似ている。
10:39←メインアプローチを上る古川
10:49→天井は型取ったPC板を通路・ピロティー・ホール、同じ市松張りで一体感を持たせている。

10:50↑大ホールホワイエ
京都府立図書館(1909年、設計:武田五一 2001年改装:日本設計)

10:56
この辺は広い敷地に文教施設が建ち並んでいる。この京都府立図書館は、保存運動もあったらしく、正面のファサード外観の壁だけ残されている。
京都国立近代美術館(1986年、設計:槇 文彦)

10:58
京都市美術館(1933年、設計:前田健二郎)

10:59
平安神宮(1895年、設計:木子清敬・伊東忠太)

11:03
大きなコンクリートの鳥居から平安神宮を見る。





朝、京都市バス・市営地下鉄の1日フリーチケットを購入していたので、ここから一気に国立競技場までバスで向かう。何だかとても郊外まで来た感じ(^_^)。
国立京都国際会館会議場(1966年、設計:大谷幸夫)

11:58
竣工後、約40年も経とうというのに、まだバリバリである。耐震補強も1999年と、2006年に改修済み。その力強さは全く衰えなく、未だ独創的で、久しぶりに感動を覚えた素晴らしい建物である。
正面アプローチは、あいにくの逆光。昼食を取るのも忘れて、走り回る3人であった。
12:02

中野のイメージを体で表現する。「全てお任せのポーズ?」。上部には、くくり猿のようなものが?




手摺り樋のディテール。
12:14
入り口から内部を許可得て撮影させて頂いた。自然光と天然光がおりなす、まるでタイムトンネルのような空間である。ひとえに美しい。

12:07 エントランスのキャンチキャノピーがまたダイナミック。
京都宝ヶ池プリンスホテル(1986年、設計:村野藤吾)

12:15
国立京都国際会館に隣接した、円形のホテルである。防風林?に囲まれて、、控えめに建っている。尚、1984年に亡くなった村野さんは、この建物の完成を見ていない。
国立京都国際会館イベントホール(1985年、設計:大谷幸男)

12:24
沖縄コンベンションセンター(1987年)は、当時設計監理担当の神谷さんに工事現場を案内してい頂いたことがある。このイベントホールを観た時、とっさにその時の事を思い出した。意匠的には沖縄コンベンションの方が面白いが、その経過として、面影が残っている。 by ito
京都府立陶板名画の庭(1994年、設計:安藤忠雄)
12:39 1990年大阪花博の「名画の庭」には行った事があるが、ここは初めてである。陶板はそのときのものを移設したもので、建物の規模的にはそれよりも小さくなった気がする。

映画ダビンチコードの最後の晩餐の陶板画が有る。

12:47
このアングル、丹下さんの東京カテドラル聖マリア大聖堂と似てると思ったのは、たまたま、気のせいでしょうか?


1981年撮影(1964年丹下健三)
京都コンサートホール(1995年、設計:礒崎 新アトリエ)

13:15
磯崎さんが大分市出身という事で、大分・福岡県はもとより、国内県外の作品も比較的興味を持って見学する場合が多い。この京都コンサートホールは、大分県内でもビーコンプラザ・豊の国情報ライブラリー(県立図書館)と、同時期の竣工物件(磯崎さん64才)である。デザイン・作風はどうしてもどこか似通う所があるのは致し方ないにしても、同時期にこれだけの規模・内容の物件をこなすバイタリティーは、当時の講演会、パーティー等にに参加させて頂いて普通の人とは違うものを感じたのを覚えている。磯崎先生は今年76才、まだまだ今後の活躍が、楽しみである。by ito
Ining'23(1987年、設計:高松 伸)

13:02
ロボットのような建築。SYNTAXを探したのだが見つからない。これは?高松さん風の面影?帰って調べたら、偶然?名作、キリンプラザと同時期の建物のようである。

顔の家(1974年、設計:山下和正)

13:53
中野・古川に、随分探してもらった。まだ有ったんだ。おおよそ30年程前、大学の教科書?に出ていて、いつか本物を見てみたいと思っていた。ノスタルジックな思いである。 by ito
14:16
京都の町屋にしては結構大きい方だが、昔ながらの風情がある民家。この辺を歩いていると、昭和40年代、私の心に残る雰囲気そのままの自転車屋さん、文具屋さん、お菓子屋さん、金物屋さん他一杯。自然に残っている。生活している。テーマパーク的な昭和の町のように、作ったものではないので、尚更、ノスタルジーな思いに更けってしまった。歩き続けで足が痛くて、ゆっくりじゃないと歩けなくなったけれど、歩くのが楽しくて楽しくて。通りに面して狭い間口の中、古い町家が、ぎっしりとくっついて並んでいる様は、京都どこに行っても一緒の風景である。
かづらせい・寺町(2000年、設計:岸 和郎)
14:22
木がしこっていて、場所が分かりづらかった。
江寿画廊(1986年、設計:黒川紀章)
14:27
御所の前、通り掛かりの画廊の写真を撮影。黒川さんの作品だった。


14:37 京都御所
富士ラビット(旧・日光社社屋)ビル(1925年、設計:??)

15:00
大正ロマンの再利用建築(耐震補強改修、国の登録文化財)である。ここで時間はずれの昼食、どんぶり物のチェーン店「なか卯」のうどんで軽く腹ごしらえ。夕食は中華が待っている。
京つけもの西利本店(1990年、設計:若林広幸)

15:29
西本願寺前で偶然見かけた本建物。若林さんの設計かな?と思って撮影して帰った。ご名答。西利さんは全国区のようだが、大分のトキハ百貨店に無いのは残念。
西本願寺(1636年建立、重要文化財)

15:35
平成10年(1998年)、本願寺御影堂平成大修復の工事が始まり、屋根工事が終了。今年、2006年一杯には、クレーン等も撤去されるという。最終竣工は2008年一杯の模様。御影堂は遠くからの見学のみで、参拝は阿弥陀堂(本堂)のみとなった。
15:37
4年前に亡くなった父の菩提寺、佐賀関の「教尊寺」の御本山になる。本堂の中に入り、阿弥陀様を参り、「親父、来たよ!」と、心の中でつぶやきながら、20分程座っていた。by ito
15:59屋根の修復完了後の御影堂。これから内部の木工事、外構工事へと続く。
東本願寺(1895年)世界最大の木造建築?
16:23
こちらも御影堂の修復工事中。完成は2008年12月とのこと。西本願寺と同じ、今は、きっと、仲が良いんだね。

16:17 東本願寺のお堀で、再び鷺と出会う。朝出会ったのと同じかなぁ?
16:25
参拝は16:30までだったので断念、阿弥陀堂前の木の下の瓦でできたベンチに腰掛ける中野と伊藤。「足が痛いね。」「僕も痛いですよ。」と言うような会話だったと思う。この後すぐに、チャイムが鳴って、「本日は終了。境内から退出して下さい。」と言うようなアナウンスが流れたような。



「さ〜て、神戸行こうか!」今回の京都はここを最後に、一旦ホテルに預けた荷物を取りに寄る。京都駅から一気に新幹線で新神戸まで→神戸市営地下鉄三宮で乗り換え、ポートライナーでポートアイランド市民広場下車、本日宿泊先の神戸ポートピアホテルに着いた。
19:34
ホテルチェックイン後、再びポートライナーに乗り込んだ。



20:11
三宮駅から散歩しながら、神戸元町中華街へ。街の広さは長崎の中華街くらいかな?。お腹もすいて、おいしそうな飲茶を、あっちこっちで販売していたが、まずはレストランを探さなくては(-_-;)。ラストオーダーが20:30とか言われて、早いよね。
21:11
中華街のお店『愛京』。中には客は居なかったが、入り口の「しぇいしぇい人形」が気に入って(しぇいしぇい人形はうちの事務所の縁起物キャラクター。)、そのままの勢いで入店。初めての飲食店は、客が居ないと不安だらけ。トイレでちょっとトラブルも有って、大丈夫かなぁと思っていたが、案の定、そこそこ料理は旨かった。帰る時には満席になっていたっけ(^_^;)。

ボージョボー人形
一応説明は聞いたけど、このときは何なのかわからなかった。とにかくかわいかったので子供のお土産として、中華街から三宮駅の露天商で、ちょっと値切って購入。by ito
神戸ポートピアホテル(1981年、設計:日建設計大阪)

22:23
何とかホテルにたどり着いた。よく頑張ったよ。京都からの新幹線の中も多くて座れなかったし(;_;)。
昨日の夜は古川が友達と出かけて深夜帰り。今日は中野が友達と出かけて行った。いつもは伊藤が出かけるのだが、さすがにその元気は無し。早く寝た方が良い。明日はちょっとだけ寝坊の予定。
とにかく、今日はよく歩いた。三宮駅ビルに有った薬局で、エアサロンパスを購入。これだけでも明日はだいぶ違うだろう。客室内はサロンパスの臭いで充満。ごめんねm(_ _)m。by ito
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